鼻が陥没骨折「ボール怖い」仲間の特別メニュー、支えに(朝日新聞デジタル)

「あれ、おかしいな」。昨年4月、守備練習についた大東の野津雄寛(たけひろ)君(3年)は、体に違和感を覚えた。

 守備に入ると、足がすくんだ。打球が近づくと、反射的に体が拒否反応を起こし、体の中心で取れない。一歩踏み出して打球に向かっていけず、顔も背けてしまう。

 「ボールが怖い……」。「あの時」のことを引きずっているのかと、驚いた。

 2週間ほど前のシートノック。三塁手の野津君に鋭いゴロが飛んできた。捕球体勢に入ると、打球は突然跳ね上がり、右頰を直撃した。

 「大丈夫か!」。現主将森山潤之丞君(3年)が駆け寄って声をかけたが、気丈に振る舞った。しかし鼻血が止まらず、病院で陥没骨折と診断され、2週間の入院を余儀なくされた。

 仲間からは「あせらず治して、また野球しような」とラインが来た。「おれも早く野球がしたい」。うずうずして過ごした。退院2日前には、こっそり病院近くの陸上トラックを5周ほど走った。

 迎えた復帰初日、顔を腫らしながら、練習に参加した。待ちに待った野球ができる。そう思っていたのに、守備で体が打球を拒絶したのだ。「怖くない、怖くない」。何度、言い聞かせても、だめだった。

 小学校3年で始めた野球だったが、野津君は「正直、嫌いでした」と言う。少年野球チームの厳しい指導がつらかった。だから中学ではバスケットボール部に入った。

 高校ではどうしよう? そう考えていた中学3年の夏、学校からの帰り道で、同じ少年野球チームだった青木謙汰君(3年)に「大東で一緒に野球やらん?」と誘われた。

 松江市営野球場であった夏の島根大会の大東の試合を見に行った。プレーの一つ一つに、「勝利」への執念が見えた。かっこよかった。ピンチの中でも野球を楽しんでいる、選手の目つきに憧れた。大東に入り、丸太を抱えて走ったり、負荷の大きい筋トレをしたり。練習はきつかったが、野球が楽しかった。

 それなのに、ボールが怖くて思い通りの守備ができない。1カ月ほど無理にグラウンドに立ったものの、解決の糸口は見えなかった。

 「どうしても体がボールを避けようとしてしまう」。練習後、同じ内野手の森山君や石原千寛君(3年)に打ち明けた。「ゆっくり、ゆるめのゴロで慣れていこう」。7月ごろからチームメートが協力しての特別メニューが始まった。

 まずは弱いゴロを投げてもらい捕球するところから。守備練習では捕手のマスクを被った。恥ずかしさもあったが「とにかく早く克服したいと必死でした」

 1カ月経っても、効果は表れなかった。守備の心配に引きずられ、打撃もうまくいかなくなった。季節は秋から冬に。精神的に追い詰められ、「野球をやめたい」と、チームメートに漏らした。「つらいこともあるけど一緒にやろうよ」

 そんな励ましに、なんとか踏みとどまったが、克服できないまま、3年生になった。けがから1年の月日が経っていた。

 ふと「最後の夏が来るな」と思った。

 なんでおれは野球をやっているんだっけ? 中3の夏、仲間に誘われたこと、大東の試合を見て憧れたこと……。自分が野球を始めた原点に立ち返ったとき「最後の夏、仲間と勝ちたい」と強く感じた。

 チームの勝利のために自分がいる。そう考えると、今までより勇気が湧いた。少しずつ改善の兆しが見えてきた。野津君をそばで見てきた森山君は「恐怖心を克服しようと戦っている姿に、勇気をもらった」。

 恐怖心はまだ完全には克服できていない。それでも「今まで仲間に迷惑をかけ、支えてもらった。この夏、自分のプレーで恩返しをしたい」。その目はまっすぐ、夏を見据えている。